切断率低減のアイデアと応用

FUE(Follicular Unit Extraction切らない採取法)で問題となることの一つに、採取時の切断率の高さがある。SS(Strip Surgery切る採取法)では、株の作成を直視下またはマンティス顕微鏡下で行うため、切断率は5%程度に収まっているのに対して、FUEでは見えない毛根を、表面の毛幹の角度等をみて予測し採取するため、その切断率は20%近くにおよぶと言われている。様々な対策が考案されているが、どれも大きな改善は得られていない。

当クリニックのi-SAFE(Inoue`s Suction Assisted Follicular Extraction)では、①吸引を使う②特別に切れるパンチを使う③専用に設計された機械を使うことにより、浅い刃入れ(3mm程度)でも採取が可能となり、切断率を1%以下にすることに成功している。

この技術により、採取に用いるパンチのサイズを0.83~0.65mmにすることができ、株の生命力を低減するトリミングを省くことが可能となる。また今までは1本毛を使用したいときには株分けが必要であったが、2~4本毛から1本だけを採集するというスプリット採取を可能にしている。さらに今までは困難と考えれていたネイプヘア(うなじの毛)の採取も可能となり、以前は生え際最前列は1本毛と考えられていた部分に、ネイプヘアを使うことでより自然な生え際を実現できるようになってきた。

FUEのもう一つの問題点であったメガセッションのためには広範囲に剃毛が必要となる部分に関しても、この技術により、その切断率に全く影響しないで、剃毛無しで広範囲から採取できるようになった。現在当院では3割の方がこのアンシェーブンを受けている。

今回は主として採取時についてであるが、また生着率に直接影響を与える株の生命力を左右する要因は、採取時だけでなく、移植部作成と移植時にも関係する。これらについての改善の私の取り組みについては、後日

アンシェーブンの割合

前回に引き続き、最近の手術の傾向です。アンシェーブンの割合が3割程度になってきました、一時ハイブリッドの方が多かったのですが、最近は単独のアンシェーブンの割合が増えてきたのです。なぜなのかについて分析していませんが、キャンペーン価格とかを続けてきたためかもしれませんし、実際、価格やかかる時間以外での欠点が少ない方法ではあります。以前のクリニックにいた頃よりこの考案した「刈らない」方法の推進者ではありましたが、開業してからは、たくさんのアイデアでソフィスティケートしたアンシェーブンを行うようになり、それの結果が少しず評価されてきたためかもしれません。本格的にパワードFUEでのメガセッションを考案した時も、今からの需要は「切らない」になっていくと確信したのと同様に、この「刈らない」も今後の主流になり得る手法ではあります。アンシェーブンなら、単に術直後でも目立たないだけでなく、ドナー範囲は精一杯広く設定でき、それだけキズを分散できるのです、さらにネイプヘアのような産毛に近い髪さえも選択枝に含める事ができ、いっそうのナチュラルさをもとめることができます。

スプリット採取の割合

多くのクリニックで1本毛なるものを得ようとすると、1本毛自体がとても少ない、あるいは取れにくいため多くの場合最小単位であるFU株を更に細かくして作成するわけですが、この作業がかなり株をいためて生着不良の原因となります。そこで当院では、あまり小さい毛が取れにくいときには、例えば3本毛から1本だけを採取することがあり、これだと、株に触れる時間はとても短く、触れることによるダメージをなくすことが出来るだけでなく、残した2本も一時的には脱落しても、3ヶ月後には2本毛が出てきてその採取傷跡を隠してくれます。これをスプリット採取と呼んでいるのですが、スプリット採取した株の生着に遜色はないようなので、最近はその割合が多くなった気がします。実際生え際やや奥でも3本毛以上はやはり大きすぎる気がしますで、そこでスプリット採取を使い大きさを調整しています。欠点は、多少手間がかかる程度なのですので。

一毛入魂(及び求人)

このコラム、一般形成のドクターもみて参考にされているとご質問等のメールをいただくことが何度かありました。そこで植毛従事者における「植毛とは」について述べてみたいと思います。
元々この植毛という手術は、研修医でもやれるほど簡単な手術ではあります。しかしその結果には、施術者により大きな差があるものです。それを左右するものはなんでしょう。経験年数でしょうか、手術数でしょうか、手術法あるいは手先の器用さでしょうか。多くのドクターに教えてきた経験からはどうもそういうものではない気がします。つまり、わりと経験が浅いドクターでもそこそこの結果を出せる人がいますし、その逆も多々あります。結局、技術はさほど難しくないこのような分野では、「心」が大きく関わってきてしまうのです。完璧にしたい心、慢心することなく、昨日より今日、今日より明日はもっと上手くなりたいと思う心、何とか毛を増やし幸せを届けたいと願う心。教えを受け入れる謙虚さと科学的考察、それを改良していこうとする独創性、そして知識に裏打ちされたセンスです。私の場合手術中に繰り返し念じるのは「一毛入魂」です。ちなみに、これらのことは植毛の場合は看護師もその結果に大きく関わっているため同様に言えることです。
もちろん、「心」だけではだめです。その上に、既存のものには常に疑問をもち留まることなく、よいと思える新たなものにも挑み、経験と知識を積み重ねていくことです。新たな技法を思いついても、患者さんで試さず脳内で試すのです、全てに矛盾がなければその仮説は当たらずとも遠からずです。もし、結果がおもわしくないなら、他のせいにして逃げず原因を一つ一つ潰していくことです。そういう念いから、自分に厳しく明日からも精進していかなくてはいけません。

補)現在(2017年12月9日時点)、当院は私一人で手術をしており更に想定している手術時間が一般的手法の倍なため可能な手術数に限界があります。「心」を持って取り組んでいただける医師看護師のかた、一緒にやりませんか。現在の科は問いません。(御連絡は当院事務局長阿部まで)

株の損傷

先日以下のようなご質問がありましたので、すこし書かせていただきます。

質問)他院では、あまり株を調整しないようですが、何故、アスク井上クリニックでは、株をトリミングするのか。そのメリット、デメリット、使い方をお教えください。

回答)それは誤解です。当院では、極力採取株に触れたくないですし、もともととてもスキニーですのであまり削る必要もありませんが、表皮部分が多く残るとここでキズが汚くなり易いため、この部分だけトリミングしているということです。必要最小限です。 実際この株に対するトリミングや株分けの過程が、FUE、ストリップ法に関わりなく生着率低下の主要な原因の一つであるとこはまちがいありません。アルタスの成績がよくないと聞きますが、これはアルタスの採取時の損傷率が高いのではなく、採取される株が太くそのため全体的なトリミングや株分けをする必要があり、そのときに施術者の技量により、損傷が出てしまうのでしょう。当院での1本毛の作成は、やや小さいパンチで二通り、サイズの小さいほぼ1本毛の細毛を採取するか、またはスプリットの手法で採取するかです、これも株に触れるのは最小限です。
また植え付けのための植え込み穴のサイズを小さくすることは大切です。しかし他院で小さなスリットに入れるために、株をかなりそぎ落としトリミングしているようですが、それに植え付ける技術・手法と株の作成技術とが伴っていないと、酷い生着不良を起こしてしまいます。当院の植え付け法はかなり特殊です。

あえて切断するという技術(スプリット) その2

他院での手術で生え際が不自然な為に修正する手術をよく行います。不自然のというのは大きく分けて三つ

① デザインそのものがおかしい(やけに丸かったり、意味もなくギザギザ、あるいは一直線、解剖学的な生え際の下縁を超えている、または離れ小島など、世界にはこれがわかっている植毛医は数人しかいないんじゃないかと思うほど酷い、わかってなくても控えめなら問題ないことも多いが、生え際を下げたりすると、この知識とセンスによる違いが出てしまう)
② 密度が低い(平気で30株/㎠以下を世界標準という)
③ 移植毛のサイズが場所に合ってない(とにかく太くて、さらには3本毛とか、それほど酷くなくても「生え際は一本毛」などともっともらしいことを言う)

②は間に詰めて行けばいいわけですが、①と③では抜いてしまうしかないこともあります。抜くと言っても、ただ抜いては無駄にすることになるので、抜いたものを移植株としてつかうことが前提です。ここでは0.6~0.7mmφの極細パンチを用いて採取します。まったくそのサイズに収まらないほど大きいものが移植されていることがあり、その場合もしデザイン的には問題なければ、たとえば3本毛なら2本毛として採取して、1本を残します。もちろんあまりにデザイン的に問題なら全て抜くこともありますが、傷跡のことを考えると1本残したほうが良いことも多い。ここでもスプリット採取法が役に立ちます。

睡眠と薄毛

「睡眠と薄毛」についての雑誌の取材がありました。記事は少し違ったものになるようですが、取材時の質疑応答です。

1)頭皮や髪の状態は加齢によりどのように変化していくのでしょうか?
特に、50代からの男性の状態について教えてください。

加齢とは、一種のアポトーシス、すなわちプログラムされた自己破壊的自然死です。つまり、「作り出したり」、「修復したり」が減少して「吸収・消失」が勝っている状態と言えます。したがってその本質の一つは成長ホルモンにあります。実際成長ホルモンが減少すれば、骨密度が低下したりのような組織における実際的な吸収/消失以外でも、代謝は低下し、自律神経は機能低下し、免疫機能も低下します。頭皮環境でもいくつかの成長促進因子は低下し反対に成長抑制因子は増えたりして皮膚のターンオーバーやヘアサイクルの異常がおこります。それに伴ってみられる症状の一つに薄毛があるわけです。もちろん、皮脂が浮いたり、逆にカサカサになったりもしやすいかもしれません。このような老化現象は25歳過ぎから徐々に起こり45歳過ぎると加速度がつきます。

2)睡眠が不足することで頭皮環境や髪の状態に影響があれば教えてください。

成長ホルモンが主として睡眠時に分泌されるため、睡眠不足では、それが少なくなり、また自律神経も過敏になって、さらには疲労物質やストレス物質が十分に取り除けていない状態です。成長ホルモンの減少は成長促進因子の減少、免疫機能の低下ですし、自律神経や疲労ストレス物質は成長抑制因子を増やすため、頭皮環境は悪く髪が成長し続けにくくなっています。

3)睡眠と薄毛に関連があれば教えてください。
(つまり睡眠が不足することで、薄毛が促進されるなど)

睡眠が不足した状態では先ほどお話ししましたように頭皮の環境は悪くなりがちで、代表的な薄毛の直接的原因である、男性ホルモンの感受性が高い男性型脱毛症AGAや、自律神経が過敏なためにおこる慢性休止期脱毛症CTE、あるいは毛の生産性の低下でおこる老人性脱毛では、その進行が加速されることになります。

4)薄毛に役立つ睡眠の取り方はあるのでしょうか?

薄毛に影響する成長ホルモンの分泌に関しては、睡眠を取れば確かに成長ホルモンが分泌は増加しますが、その前に体内時計に関係したメラトニンというホルモンの上昇があったほうがより多くの成長ホルモンが分泌され、メラトニンの分泌にはさらには朝目覚めときに太陽の光をみることでリセットされそれに伴って増えるセロトニンというホルモンの上昇が必要です。そう考えると、やはり睡眠時間だけなく、夜寝て朝起きることがよりいいと言えます。

5)頭皮や髪にとって、寝る前にしたほうがいいこと、起きてからしたほうがいいことを教えてください。(薄毛予防になるようなことがあればぜひ!)また、やってはいけないことがあれば教えてください。

要は、成長ホルモンが増える状態を作るのが良いわけですから、寝る4~5時間前に適度な運動とその後の風呂での洗髪で清潔を保ち、朝目覚めたら、カーテンをあけ朝の光を浴びるようにするのがいいでしょう。
また、成長ホルモンや成長促進因子の分泌は、高インスリンで抑制され、ストレスホルモンでも抑制されますので、夜更かしして夜食をとるのは好ましいとは言えないですね。

あえて切断するという技術(スプリット)

実際移植するものは、毛一本づつではなく、毛包単位が基準となりますが、3本毛、4本毛の毛包単位をあえて縦割りに2本毛の様に採取することがあります。これにより採取株の生着率が落ちるかといえば、正確な縦割りさえできていれば(ここが一番重要)、ほとんど低下はしないようです。これによるメリットの第一は、採取部位に残した方の毛も生えてきて、採取痕を隠してくれることです。デメリットは一回り小さいパンチを使用するために難度が相当高くなりそのため多少手間がかかることぐらいです。

ちなみに、この縦割りに適しているのは、Two-canals-unitつまり一つの毛包単位なのに毛穴が二つ並んであるようなものです。

 

split extracting

ドナーロス、切断率、生着率

この三つの意味は明確に区別して使うべきです、これがごっちゃになってる説明を頻繁にみかけます。つい先日ドナーロスについて、患者様からご質問がありました。それはFUEではドナーロスが20%ほどあり、ストリップ法でも普通はメスで剥ぎ取るだけで無条件に5%はロスすると他院で言われたというものです。

まず最初にはっきり区別して頂きたいのは、こちらでのi-SAFEは確かにFUEの一つではありますが、世界一般で行われてるFUEとは、別物と言ってもいいくらい異なるものです。これを踏まえて先ほどのFUEのドナーロスが20%は事実かといえば、多少違っているでしょう。確かにFUEの世界での平均的な切断率は(なんと!)15~20%程度ですが、切断されたからといってそれが必ずしもドナーロスになるわけではなく、割合はまちまちですが一部は生着するものです。ストリップ法においてのロスも採取で5%とかロスするとしたらそれは相当不注意な執刀なのでしょう。仮にロスではなく切断率としても、せいぜい2%程度です。

ロスが起こりえるのは、①採取の時の切断や挫滅損傷、②株分け・トリミングの時の切断や挫滅損傷、③ドナー保管時のヴァイアビリティの低下、④移植時の挫滅損傷ということになります。これ以外にも不適切な移植孔の作成でも生着不良は起こりえますし、さらに、不適切なユニット(毛)も結果ロスに繋がります。もちろん移植後に3日間は乾燥は避けこすったりしないなどの術後ケアも生着に関わるものです。実際細かく世界中のデータを調べたわけではないので、今までいろいろな術式と術数をやってきた経験上の話になりますし、またロスという結果は、いくつかの原因が重なって起こるものなので、必ずしも、それぞれの原因の影響度を数値化できないため、概念的数値であることはご了承下さい。

ストリップ法において①はおよそ1%、②は3~8%、③は不確定、④は2~3%程度

FUEにおいては、①は5~20%(パンチのサイズにもよる)、②不明、③不確定、④2~3%程度

またALTASも一般のFUEとしては括れない、①はわりと低く1~3%(ではあるがパンチのサイズがやや大きいのでトリミングを必要とし単純に比較できない)、②は3~5%、③不確定、④は2~3%と言ったところです。

これらに対してi-SAFEでは、そもそも切断率からして1~2%程度ですので世界一般のFUEとは桁違いに低いものです。したがって①も1%以下、②トリミングはするのですが株の肩の部分をなで肩にする程度なのでほとんどロスはありません。、③はまず作りだした株の切断・損傷が極めて少ないためヴァイアビリティの低下はとても遅く、さらに特殊な保存液を用いているため、i-SAFEが他の方法よりも遙かに時間のかかる術式でありながら、ほとんどロスはありません。④において、移植孔は他の方法にくらべかなり小さいが、ダイレータ(拡張器)を使うやや高度な技術をそのための訓練を受けたアシスタントが行うことによりロスは同じかまたは低く抑えています。さらにはPRPやフィブラストの使用、EGFを含む保湿スプレーの術後ルーティン使用によって、不要なロスは避けています。(実際あまり話題になりませんが、この看護師の技術力は植毛手術においてかなり重要な要素となります。

とまあ、このような感じです。最後になりましたが、ちなみにドナーロスの定義は、採集したのに生着しなかったか、元のサイズで生着しなかった毛ということですね、普通に考えると。

余談ですが、もしドナーロスを毛髪と頭皮とすると、ストリップ法ではロスはとても大きく、一般のFUEでのパンチサイズは1mmφ前後ですので、頭皮のロスは少なく、更にi-SAFEでは0.6~0.8mmφのサイズですので極めて少なくなります。(この極細パンチを用いて通常の方法でFUEの採取を行えば、生着に必要な部分が十分とは言えない株を採取することになり、これはロスにつながってしまいます。)

ネイプヘアは使えるか 2 — 追)高密度移植の材料として

高密度移植(80株/cm²)が可能な方は、皮脂が少なく、傷の治りに問題がなく、皮膚が健康な状態であることは必要条件です。これがないと、この高密度 移植、ニードルやマイクロスリットを使ってもリッジという盛り上がった傷跡を作りやすく、これが生着不良の原因ともなり、反ってスカスカになることがあり ます。このようなリスクの説明と条件が整ったときに、そして希望があったときに行いますが、そこで使う材料こそネイプヘアです。これをトリミング、場合によっては更に株分けして、とてもスキニーな株をつくり、これを針穴に入れていきます。ただし、現在ネイプヘアや体毛をほぼ損傷なく採取できるのはi-SAFEのみかもしれません。

Ashampoo_Snap_2016.05.19_17h48m13s_0202_
生え際丸く、額を狭く、M字こめかみ部分がネイプヘア
中央は、おもに通常の1本毛