ペンシルテスト

髪質がアフロかどうか調べる試験のこと。
方法は鉛筆を被験者の毛髪へ通過させるというもので、簡単に判定することができる。由来は、アフリカ、アパルトヘイト時代に用いられており、白人、黒人、有色人種に分類される人種的アイデンティティーを測定するために用いられた。1994年にアパルトヘイトが終わり、ペンシルテストの権威は無くなったが、南アフリカにおいて文化遺産の一面として人種主義のエンブレムであった。

kokujinペンシルテストの社会的影響

当時の人口登録法のあいまいさも手伝って、ペンシルテストの結果、多くのコミュニティが恣意的な人種的線引きのもと分裂することになる。同じ家族であっても異なる人種的グループにあるとみなされ、別離を余儀なくされるケースもあった。

浅黒い肌ではあるが白人の両親をもつ少女サンドラ・ライングの例は有名である。1966年、11歳のときに「よそから来た人」にペンシルテストを受けさせられ、試験に落ちたサンドラは、その後白人だけが在籍する学校から追放されてしまった。彼女は生まれたときの人種である白人から有色人種へと再分類されたのである。サンドラと家族は白人社会から遠ざけられた。白人の父親が実父であることは親子鑑定でも認められたものの、政府はサンドラに白人としての地位を回復することを拒んだ[5]

ペンシルテストの評価

アパルトヘイトの終焉した1994年にペンシルテストも終りを迎えた。しかし、依然としてこのテストは南アフリカにおける文化的な遺産の一部であり、世界的にもレイシズムの象徴であり続けた。例えば南アフリカの新聞「メール・アンド・ガーディアン」は、嫌疑をかけては(黒人の)外国人の国籍を「測定」しようとする集団が出現している状況を「21世紀のペンシルテスト」と呼んでいる。ある南アフリカのコメンテーターも同じ事件を「アパルトヘイト時代の恥ずべきペンシルテストの再現であり、おぞましい」と述べている。

2003年、ニューヨーク・タイムズの記者はこのペンシルテストを、かつて無数に行われた「人種を決定するための屈辱的な手法」のなかでも「おそらく最も馬鹿げた」ものと評した。旅行ガイドブックの「フロマーズ」にはこのテストがアパルトヘイトにおいて「最も恥ずべき人種分類試験のひとつであった」と書かれている。ほかにも「下劣」「屈辱的」、「馬鹿げている」といった評価がされている。